朝7時前のルーティーン
大体毎朝6時には目が覚めている。そこで起きてしまうか、あと30分くらいグズグズ、ヌクヌクするかは、その日の気分によるが、起きてしまうことの‘方が多い。朝イチのコーヒーは、ダブルエスプレッソに熱湯を加えてアメリカーノ。ニュースフィードで一通り世の中の動きと市況をを把握した後に、メールを始めてしまうか、思い切って7時前の朝の散歩に出るかで、相当1日の生産性が変わってくる。結論から言うと、朝の散歩をした方が、絶対に良い。特に午前中の頭の回転が良くなり、気分は前向きになり、プロジェクトもどんどん前進する。
東京に出張している時は、時差もあるので、もっと早くから目が覚めていて、早朝の時間は、より貴重だ。アメリカからのメールをチェックして、昨日のアメリカの様子を把握した後、朝日で街並みがうっすらと見えるくらいになると、すぐにホテルの近辺をパワーウォークすることにしている。コーヒーショップがまだ空いていなくとも、東京にはコンビニがあるので、ホテル近くのナチュラル・ローソンに立ち寄ることが大体ルーティーンになった。東京駅近辺に宿泊することが多く、朝の元気なうちに歩くと、北西は皇居の大手門近くまで、南は銀座の伊東屋の手前まで、近場では日本橋周辺の再開発の様子を観察しながら結構隈なく歩いてきた。このウォーキングの時間中は、頭の回転が取り分け良く(なるような気がして)、1日のplan of attack ( ideas or actions intended to deal with a problem or situation) が殆どここで出来上がる。
アメリカに普段住んでいて、東京に出張すると街の綺麗さ、ゴミの無さには感激する。コロナのロックダウンが終わった直後に、東京に出張し、使い捨てのマスクが一枚も路上に落ちていないことには、驚きに近い感動を覚えた。フェイスタイムで、娘たちに、「マスクが一枚も落ちて無いのよ!日本ってすごいでしょ?」と得意げに話したら、「ママはそういう単純なことで喜ぶから可愛い。」と微笑んでくれた。こうした日本での発見は、いつもとても嬉しい。実は、この日本の風景は娘たちが言うように「単純なこと」では無く、日本文化や人々の生き方を投影していて、その根底にある価値観や社会制度の現れなのだと思っている。アメリカでは、どう考えても不可能に近い、大都市の清潔さを可能にする文化、これは並大抵のことでは真似できない。
この街並みの清潔さを保っているのが、ゴミを落とさない個人個人の几帳面さにプラスして、早朝オフィス街の清掃を丁寧にしている人々の存在に起因していることに気づいたのは、数年前のことだった。早朝のオフィスビル街を大股でパワーウォーキングしていると、脇道から大通りまで、丁寧に一つ一つごみを拾っている清掃員の方達を見掛けるようになった。どの清掃員の方もきちんと清潔感のある制服、制帽、手袋、清掃道具で身を整え、歩道や歩道と車道の境に落ちているゴミを拾い、歩道からガムや粘着性の強いゴミを剥がし、着々と自分の守備範囲を丁寧にしかも手際良く清掃して行く。こちらは、気ママな時差ボケ中のパワーウォーカーなので、何となく恐れ入る気持ちになり、清掃員の方達に、「おはようございます。お疲れ様です。」と言ってお辞儀をするようになった。不意に声を掛けられて、ちょっと意外そうな表情を返されたこともあるが、大体どなたも「おはようございます。」と返してくださって、心が温まる。
こういう清掃員の方たちが、出勤の人混みが押し寄せる前に、大都市の隅から隅まで、清潔にして行く東京。あたかも、出勤する人々に「綺麗な街で、今日も頑張りましょう。」とメッセージを送るように。特に殆どの清掃員の方たちが、恐らく定年後のサラリーマンと思われる年頃で、長年きっちりとお仕事をされてきたような、そういう雰囲気を持っていらっしゃる。東京の企業で働かれている方達、海外からの訪問者、観光客がこれだけ心地よく快適に過せる街、東京のテイクケアをして下さっている清掃員の方達に感謝しつつ、パワーウォーキングを終えると、私の東京での一日が始まる。