フロリダの気の良いスノーバードたち

諸用があって、フロリダの南西にある、メキシコ湾岸の街で1月の初旬を過ごすことになった。例年であれば、気温が日中20℃を超える穏やかで暖かな日に恵まれるのがフロリダの南部だが、今年はpolar vortexと呼ばれる猛烈な寒波の影響が、アメリカ最南部のフロリダまで及び、最高気温が12℃くらいの肌寒い日が続いていた。それでも、リタイアリーやバケーションを楽しむ人たちに人気のあるこの地域は、通称「スノーバード」と呼ばれるカナダやアメリカ北部から南下してくる人たちで賑わっていた。

スノーバードたちが冬の寒さを逃れるために選ぶ行先は、フロリダの他にテキサス、アリゾナ、カリフォルニアがあるが、一般的にはフロリダが最も定着していて人気も高い。フロリダ不動産業界の調査では、毎年100万人を超えるスノーバードが冬の間に南下して数ヶ月の短期移住をするそうだ。フロリダの人口は2300万人程度なので、スノーバードがその季節に4%を超える人口増加を起こしていることになる。歴史を振り返ると、アメリカの産業革命が始まった19世紀の後半から1970年代の初めくらいまで、ニューヨーク、マサチューセッツ、ペンシルベニア、イリノイ、ミシガンなどの東北部の州がアメリカの急激な経済成長を牽引していたので、これらの地域で成功を収めた裕福な人々が冬の間は、フロリダで過ごすというライフスタイルが流行り、定着して行ったとのこと。


このスノーバーディングの先駆者は、1880年代にフロリダに初めて邸宅を構えたトーマス・エジソンや、当時のアメリカ屈指のイノベーターであり、エジソンと親しかったヘンリー・フォードだった。この2人が冬を定期的に過ごした
フォート・マイヤーズには、エジソンとフォードの当時のお屋敷跡地が博物館と庭園として一般公開され、観光スポットの一つになっている。1910年代には、初期スノーバーディングの仲間に、ロックフェラーやJ.P. モルガンも加わり、ニューヨークの銀行家なども続々と訪れるようになる。

Edison & Ford Winter Estates をはじめ、フロリダ南部の街並みや公園によく見られるバニオンの大樹

富裕層が避寒地として楽しむようになったことをきっかけに、フロリダでは、リゾート、ゴルフ場、遊園地などが積極的に誘致され整備されて行った。その結果、スノーバードが訪れる11月から4月くらいまでの間には、富裕層が作り出す需要を支える人々も含む季節労働者も国内外から移り住むようになる。更に、1950年代にエアコンが普及し、富豪で無くても心地よいライフスタイルが可能になったのをきっかけに、一般庶民向けのリゾート、観光施設、住宅やコンドミニアムが続々と開発され、人口増加と経済活動の活発化に拍車をかけた。1971年にはディズニーリゾートがオープンして、世界中から家族連れが集まる観光地としてその地位を確立した。リゾートや観光施設の建設、中長期賃貸のコンドミニアム建設なども継続的に活発で、フロリダ経済は、アメリカ各州と比べても、高成長率を達成して来た。ちなみに、フロリダの人口は1950年当時280万人程度だったが、2023年には、2300万人近くに到達している。

この1、2年、スピードはやや鈍化しているものの、カリフォルニア、テキサスに次いで全米人口第3位のフロリダでは今でも人口増が続いている。人口減の傾向が出ているニューヨークとカリフォルニアとの違いは興味深い。リタイアリーが多く、高齢者人口が多いにも関わらず、若い世代のフロリダ移住も着実に進んでいて、人口増に繋がっている。滞在中の買い物で気がついたが、カリフォルニアで1ポンドあたり89セントのバナナが、フロリダでは59セントだった。消費税は、カリフォルニアの9.25%に対して7%。州の所得税に至っては、カリフォルニアが9.3% ( 2024年時点、カリフォルニアの平均世帯所得に対する税率)に対して、フロリダは0である。不動産価格は、言うまでもなく、若い世代の家庭にとってカリフォルニアでの住宅購入は困難を極めるレベルになってしまっている。

若い世代の人口も増えている:サンセットを背景に毎日のようにビーチバレーボールを楽しむ若手グループ


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若い世代の移住も増えてはいるが、スノーバードは、そもそもリタイアリーが殆どなので、街を歩くと中年+の年齢層が目立つ。高齢者を対象としたコミュニティー活動、サービスや施設も多く、毎日海辺で開かれているヨガ教室も元気なおばさん、おじさんグループの参加が殆ど。レストランやカフェ、スポーツバーへ行っても、顧客層の年齢は50代後半から70代くらいの印象を受ける。多くの人たちが、開放的で、気軽に話し掛けあっては、共通の話題を見つけ、和やかなひと時を過ごすことを楽しみにしているようだ。かつてはスノーバード、今は永住組になっている人も、新しいスノーバードと交遊を深め、近所付き合いを始めたり、コミュニティーの活動に誘うことに積極的だ。スポーツバーで大学フットボールのプレイオフ戦を見ながらライバル校卒業生同士の軽いジョークや揶揄のやり取りから始まって、「明日ボートで釣りに行くけど、暇があったら、来れば?」みたいな会話が交わされる。

スノーバードにも若者にも人気:ビーチサイドのレストラン

スノーバードたちの話題は、ストリーミングで人気のシリーズ(真田広之のSHOGUNが話題独占!)、子供や孫の自慢、大学フットボール(ノートルダム大学の話題の新進コーチ、マーカス・フリーマンは人気急上昇!)、美容院や整体医の評判、レストランの話や海外旅行の話と、世間話が殆どだが、医療制度や教育の話題のような社会的なトピックに入り込んで行くと、自然と少し政治色が出てくる。スノーバードとして比較的裕福なライフスタイルを送っているだけに、教育レベルは結構高く、ある程度の社会的な地位に就いている(あるいは就いていた)人たちなので、あからさまに過激な発言をしたり、反対の立場の人を傷付ける可能性のある発言をすることは控え、注意深くニュアンスを含んだ表現を選んでいるが、本音はリベラルな民主党の政策を嫌っている人がかなり多いことは確かだ。言うまでも無く、フロリダはトランプ大統領のお膝元で真っ赤なレッドステイトである。新政権の閣僚候補にもフロリダを地盤として政界に登場した面々が揃っていることからも、フロリダで心地良く居住する多くの人たちが共和党支持者ということは頷ける。

それにしても、共和党支持者でトランプ大統領に投票したスノーバードやフロリダ永住組の人々が見せる心遣いやホスピタリティ、親切さと、あのトランプ大統領の攻撃的な発言や行動とのギャップは、どう理解すれば良いのだろうか?メディアが取り上げる、クレージーで過激な右派のトランプ支援者とは、程遠い印象を与える、フレンドリーで付き合い易いフロリダ人たち。。。世話好きで面倒見が良く、得意のケーキを焼いてお茶会に呼んでくれる、朗らかなGrandma。ドアの鍵の掛かり具合が悪くて、困っている人を見かけると、自分の工具を持ち込んで修理に付き合うような、穏やかな眼差しのGrandpa。そういう気の良いスノーバードのカップルが、トランプに投票した共和党支持者だという現実。11月の大統領選では、アメリカの半数以上の人がトランプ支持だったという現実。議会選挙も共和党があっさりと勝利を収めたという現実。その後、民主党からは、明らかな方向性や姿勢、メッセージが出ていないし、リーダーシップも見えて来ていない。加えて、レイムダックのバイデン大統領が最後の2ヶ月に下した判断の中には、首をかしげてしまうものもあった。このままでは、民主党にとって、2026年の中間選挙もかなり危ないかも知れない。保護主義、アメリカ第一主義、力の外交など、暗い雲が徐々に空を覆って行くような不安要因が重なるトランプ2.0 政権スタートが目前に迫っている。フロリダで知り合った気の良いスノーバードたちとの心地良い交遊の記憶は、不安の中で次第にかき消されて行くような気もする。そういう不安が危惧に終わり、「トランプ2.0は、それほど過激では無かったし、良いこともあったね。」と振り返れる日が来るのを願っている。

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