シリコンバレーの和敬清寂
このところ、シリコンバレーでは、日本文化がちょっとしたブームになっている。もう少し正確にいうと、「和風の食べ物、飲み物」のブームと言った方が良いだろう。3年ほど前から、友人や知人の中にもバケーションで日本に行く人がグッと増え、彼ら彼女らの旅先からのインスタ・ポストは、8割近くが食べ物のテーマだ。帰ってくると開口一番、「日本の食べ物は最高!」と絶賛して、和風の飲食店に通う頻度が急増している様子。和食は、このあたりでも、かなり長い間静かに人気があったが、最近の人気は、ベビーブーマーの60、70歳代からGen Z 以降の若者、ティーンまで、幅広く、熱量も相当高いところにある印象を受ける。とにかく、サンフランシスコ・ベイエリアでは、和風のレストラン、カフェ、ケーキ屋さんなどがあちこちに見られるようになり、新店舗開店のニュースも随分入ってくる。最近では、おまかせのメニューを中心にしている寿司屋やレストランが、カテゴリーとして定着し、2022年には、omakase という言葉が、そのまま英語の言葉として、正式にMerriam-Webster Dictionary に含まれることになった。
アメリカでは伝統的にごってり甘いスイーツが主流だったので、「和風もの」にとって最もハードルが高いのは、ケーキやお菓子の世界だと思っていたが、最近は、この分野でも日本勢の静かな浸透が進んでいる。岡山に本社を置く源吉兆庵のような伝統的な和菓子屋さんが、ニューヨークの五番街, パロアルトの高級ショッピングセンターなどで、K. Minamoto として知名度を上げ、和菓子屋さんとして商売が成り立つところまで、和のテイストが定着して来ているのは、感慨深い。源吉兆庵の沿革を辿ると、1990年代からアジア、イギリス、アメリカへと積極的に海外展開をしており、ホームページには、右手社長のお言葉のタイトルとして「和菓子でつながる笑顔を世界に広げて」とある。我が家では、まさにK. Minamoto の和菓子がテーブルに並ぶ時、家族全員(中西部育ちの義理の息子も含めて)満面の笑顔になっている。
昨年秋のことになるが、知人、友人のグループで金曜日の夜にパロアルトで夕食をした後、グループの中の若手カップルが人気のアイスクリーム・ショップ、Salt & Straw に行きたいというので、皆一緒にパロアルトのダウンタウンを歩いていたところ、Maruwu Seicha という店名が目に留まった。ウィンドウ越しに中を覗くと、抹茶ラテや抹茶アイスクリームを楽しむ若者で溢れている。その時は、このブランドについての知識が全く無かったが、店内で飾りに使われている暖簾に「丸宇製茶」とあったので、早速ググって見たところ、宇治のお茶メーカーであることを知った。京都の宇治のお茶メーカーが、シリコンバレーのイノベーションの真っ只中、スタンフォード大学のお膝元のパロアルトに出店しているのには、ちょっとした感激を覚えた。丸宇製茶のホームページには、「日本茶の伝統と可能性に挑戦」というメッセージが掲げられている。また、事業内容には、お茶の製造販売に加えて、「日本茶の文化に関する海外を含めた普及活動」が含まれている。「可能性に挑戦」し、「日本茶の文化に関する普及活動」をすることを目指して、シリコンバレーに出店を決められたのだろう。前述の源吉祥庵も、丸宇製茶も、地方に生まれた、日本の伝統を尊ぶ企業が、信念を持ってその価値観を世界に伝えている。その勇気と志は何と素敵なことだろう。
ところで、丸宇製茶で、抹茶をオーダーすると、紙コップのスリーブに「和敬清寂」という茶道の世界の精神を象徴する言葉がデザインされている。和敬清寂の精神についてもう少し調べてみたところ、下記のような説明に出会った。
和(わ): 主人と客が互いの心を和らげること
敬(けい): 主客が互いに敬い合うこと
清(せい): 茶室や茶道具、茶会の雰囲気を清浄に保つこと
寂(じゃく): 静かで澄み切った心境に達すること
更に、「和敬清寂という言葉は、茶道を超えて現代社会にも重要な示唆を与えている。異なる考えを持つ人々が共に生きるためには、互いを尊重し合い、清らかで静かな心境を保つことが大切。これは、激しい競争社会に生きる現代人にとって、忘れてはならない重要な教えとなっている。それぞれの個性を尊重しつつ、調和を生み出していくことの大切さを私たちに思い起こさせてくれる。」という記述にも出会った。
その後、何回かこの抹茶カフェを訪れたことがある。抹茶ラテは少し甘過ぎるので、ただの抹茶をオーダーすることにしている。客層の殆どは、若者で、学生かエンジニアっぽい雰囲気がある。ここで抹茶ラテを楽しむ若者たちは、シリコンバレーの競争社会で、ガシガシ働いている人が多いことだろう。彼ら、彼女らにとって、このスリーブの四字熟語のデザインは、「意味はわからないけれど、クールなデザイン」に過ぎないかも知れない。「このカフェのプロモーション企画として、和敬清寂の精神を説明し、その意味合いをじっくり味わってもらうようなイベントでも開いたら良いかも知れないなあ。。。意味を理解してもらったら、もっと流行りそう。。。メディテーションのワークショップとの掛け合わせはどうかな?」と、抹茶をすすりながら想像が広がる。
それにしても、和敬清寂のような四字熟語には、雰囲気があり、奥行きがあり、歴史的な背景もあって、それぞれが本当に面白いし、表現力抜群の優れモノだと思う。英語で説明しようとすると、簡単に1パラグラフ位は必要な情報量が、たった四字の中に盛り込まれているのだから。そう思うと、最近あまり使っていなかった四字熟語を掘り起こして、使ってみたくなった。最近の心境を四字熟語をフルに活用して語ってみると。。。「奇想天外な発想が生まれ、慮外千万の出来事が頻発するシリコンバレーを見渡すと、群雄割拠の中、飛竜乗雲で華々しいスターが生まれる一方、竜戦虎争、優勝劣敗、弱肉強食の競争に紛れ込み、疑心暗鬼になったり、方向性を失って、右往左往する例も少なからず。政治論争では、百家争鳴の議論に翻弄されて、真実を求めて暗中模索。新政権下、ワシントンの政界は、魑魅魍魎。世界のあちこちでは、地政学的なリスクが高まって一触即発の状況も多々。そんな中で、自分を見つめ直し、虚心坦懐。深い味わいの抹茶とこの上なく美しい和菓子をいただきながら、和敬清寂の世界に浸ることの大切さを改めて認識する今日この頃。和文化をシリコンバレーに伝えて下さった方々の努力を想い感恩戴徳!」