[スペシャル] 85%の不満 - 静かな中間の穏健層はアメリカ分断を防げるのか?
アメリカ大統領選挙まで、あと1ヶ月を切った。ハリスかトランプかというアメリカ国民の選択は、勿論最大の関心事だが、その議論はメジャーのメディアに任せて、ここではアメリカ選挙制度の構造的問題に光をあて、改革に向けて行動に移してしている人たちの話を紹介したい。メインストリームと呼ばれるアメリカのメディアが、右か左に偏りがちで、報道が事実を伝えていないという批判が右からも左からも活発にされるようになったのは、2016年の大統領選挙あたりからだ。そういう報道に触れている限り、アメリカが二つに別れて大喧嘩をしているような印象を持っている人が少なくないと思う。トランプ支持を巡って、離婚してしまったカップルが出たりしたのも事実で、アメリカの政治的分断は確かに年々悪化している印象を受ける。しかし、一方で穏便な中間層が、バランスのとれた政策を求め、国の分断を危惧し、何らかの解決策を求めて、具体的な活動を進めているのも事実だ。
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7月9日に、スタンフォード・ビジネス・スクール同窓会の集まりで、アンドルー・ヤングの対談+懇親会に参加した。”The Future of American Politics” というテーマで、アメリカ政治の構造的問題とその解決策についての対談をビジネス・スクール同窓生の知人が行うと聞いて、興味が沸いた。そもそも、2大政党が両極化し分断の様相が高まる状態で、どちらの大統領候補にも投票する気にならない状況だったので(時期的には、トランプ元大統領とバイデン大統領のディベートが終わった直後で、「この2人のどちらからを選ばなければならないのか。。。」という落胆の感が漂っていた頃)本当に構造改革が可能なのかと半信半疑だったが、ともかく何らかのヒントが得られることに期待して参加した。アンドルー・ヤングは、2020年のアメリカ大統領選に民主党から立候補してダークホースと注目された。テレビ中継されたディベートにも2回まで参加して、かなりの話題に。当時、彼の提案した政策に全て賛同できた訳では無いが、「Math Guy」というニックネームに相応しく、数字を使って理路整然と議論を展開する姿が新鮮に感じられた。今回このイベントで間近に見た彼は、気さくで、冗談もよく言う友達っぽい雰囲気で、第一印象から好感が持てた。「Math Guy」 らしく、テンポの早い普通の会話にも数字がどんどん出てきて面白い。
アンドルー・ヤングは、2020年の大統領選挙後、2021年5月に「右でも左でも無く、前進。」というスローガンの Forward Party を立ち上げた。その論点には、「現在のアメリカの選挙制度が、アメリカの穏便な中間層の意向を殆ど反映できないものにしている。」「アメリカ下院の支持率は15%前後という極めて低い数字であるにも関わらず、下院議員の再選率は94%になっていて、その根底には、選挙制度の問題がある。」「有権者の60%が新しい党を求めている。」など、極端な2大政党からのメッセージに嫌気がさしている静かな穏健層にとっては納得できるポイントが多い。ヤングが提言している Ranked Choice Voting (RCV) のシステムと現状のシステムの比較は、2024年4月のTed Talk で端的に分かりやすく説明されているので、興味のある方には、このビデオをお勧めする。このTed Talk で語られているアラスカ州の選挙の結果は非常に興味深い。アラスカは共和党が強い基盤なので、従来の方式であれば州のプライマリー選挙で民主党、共和党の代表が選ばれ、本選挙で共和党選出の代表が勝つ、という流れになるのだが、RCVでは、有権者が全ての候補者をランキングするので、プライマリー選挙で選ばれた党の代表を選ぶ(選ぶしか無い)ということが無くなり、立候補者個々人の政策提言に基づいた投票ができるという訳である。例えば、この方式では、共和党候補A, 独立系候補B, 民主党候補C, 共和党候補Dに1位から4位というランキングをつけて投票できる。その結果、アラスカでは、極端な発言をしてメディアに対して目立つ立候補者で無く、比較的地味で多くの人から2番目のランキングを獲得した立候補者が最終的に選挙に勝つという面白い結果になった。この方法を使うと、今までは共和党か民主党に属さないと、とても勝つ見込みがなかった選挙に、風穴があき、独立候補や小さめの党からの立候補にも希望が出てくる。このRCV方式を取り入れる州や市は増加傾向にあり(注1)、メイン、アラスカを筆頭に、アリゾナ、ユタ、ミネソタ、マサチューセッツ、カリフォルニアなどで一部導入されている他、ネバダ、オレゴンでは、州全体での導入が提案されている。
(注1)RCVも決して完璧な方法では無く、そのダウンサイドを批判する人もある。そのような状況を反映して、全体の傾向とは逆に、州全体でRCV を禁止する動きに出た州もある。テネシー、アイダホ、フロリダ、サウス・ダコタ、モンタナなどがこの例。
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アンドルー・ヤングのTED Talk でごく簡単に触れられているが、世界中の経営者に最も大きな影響を与えて来たと言われているハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授と実業家キャサリン・ゲールの共同研究は、アンドルー・ヤングの論点の裏付けになっているとも言える。「なぜより良い大統領候補者がいないのか?」というタイトルのFreakonomics Radio のインタビューで、ポーター教授 は、「政治の世界はあまり知らなかった。」と語っているが、アメリカの政治を「政治インダストリー」(注2)というビジネスの視点で観察分析し、健全な競合が起こらない、寡占状態の業界に例えている。すなわち、アメリカの「政治インダストリー」は、第3の競合が出にくい duopoly (=a situation where two companies together own all, or nearly all, of the market for a given product or service) の状態になっており、2大政党が「顧客(国民)」のために良いサービスを常に改善しながら提供することよりも、このduopoly が崩れず、「政治インダストリー」に属して潤うプレーヤー(政治家、ロビイスト、2大政党支持団体、政治イベント関連企業、メディアなど)の安泰を保つことが最優先されているとのこと。アメリカの「政治インダストリー」が見せている弊害は、寡占業界で起こる弊害(注3)とよく似ているという論旨だ。ポーター教授は、普通のビジネスの業界であれば独禁法で訴えられるような状況にあるとまで語っている。キャサリン・ゲールは、ポーター教授 との共同研究を発端に、本格的な選挙制度改革活動に現在でも専念しているとのこと。アンドルー・ヤングや、Forward Party、キャサリン・ゲールの活動が次第に成功例に繋がって、「2大政党の存続」優先の政治からの脱却が進めば、85%の不満層が2派に引き裂かれることが次第に無くなる。右か左かの選択のみを与えられるのでは無く、バランスのとれた政策重視の候補者を選ぶことができれば、アメリカ分断の危機も薄まると彼らは信じている。対立のエスカレーションが収まり、冷静な国民のための政策実行を優先する候補者が数多く当選して行くことは、私も心から切望しているが、あれこれ選挙制度について考えているうちに、選挙日が急に間近に迫ってしまった。大統領選はカリフォルニアの場合民主党が勝つので、どちらにしても一票の価値が小さいが、関連地方選の候補者とカリフォルニアならではのプロポジション(州民投票案)は、直接自分たちの生活にも影響を与えるので、詳しく調べる価値がある。そんなこんなで、慌てて選挙関連の下調べを急ぐ今日この頃となっている。