ヒューマン・コネクション【3】

スタジアムの終焉はコミュニティ衰退の象徴か?

Thursday, November 14, 2024


親戚の集まりがあって、9月末にミズーリ州カンザス・シティーを訪問した。都市部の人口約150万人のこの中規模都市は、フライオーバー・ステイト(東海岸と西海岸を行き来する飛行機が上空を飛んで行って、途中で止まる理由があまり無い州)と言われるアメリカ中部の州にあり、アメリカの地図を見ても、ほぼド真ん中に位置している。政治経済ニュースでも、また観光目的でも注目されることが多い両岸沿いのいわゆるコスタル・ステイトの大都市(ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトル、サンディエゴ、ワシントンDC、フィラデルフィアなど)と比べると、カンザス・シティは、国際的には殆ど話題にならない都市だろう。ところが、アメリカ国内に住んでいると、その人口や経済規模では殆ど目立たないこの中都市が、結構頻繁に話題になることに気づく。地元のフットボールチーム、チーフスは、スーパーボールの舞台にも比較的頻繁に出てくるし、地元の野球チーム、ロイヤルズは、過去ワールド・シリーズに4回出場、2回は優勝という記録を持つ。特にこのところチーフスのトラビス・ケルスとテイラー・スウィフトのロマンスが大きな話題になって、カンザス・シティの知名度もグッとアップした。テイラー・スウィフトがチーフスのジャージーを着て観戦席でボーイフレンドに熱い声援を送り、彼のパフォーマンスに無邪気に歓喜する姿は、メディアでも繰り返し報道された。

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初めてカンザス・シティを訪れたのは、もう10年近く前になる。娘のバレーボール・チームが全国大会のトーナメントに出場したので、その会場であるカンザス・シティのコンベンション・センターで2日間ビッシリ、バレーボールの観戦と娘のチームの応援をした。その時に気づいたのは、アメリカのド真ん中という地の利を活かして、このコンベンション・センターでは、全国規模のイベント(展示会、諸団体や学会の集まり、スポーツ・イベントなど)が常時開催されているということ。人口がそれほど多くない都市なので、交通の混雑も殆ど無く、街の中心でもフリーで路上駐車が割と簡単だったり、ホテルの滞在費も比較的手頃だったり、地方都市とは言え、洒落たカフェやレストランもあり、街の中心部から20分以内に、美術館、博物館、劇場などが揃っている。ネルソン・アトキンズ美術館、第一次世界大戦博物館、トルーマン博物館、カウフマン劇場など、訪れてみる価値十分の観光スポットもある。バレーボール・トーナメントの前後に少しゆとりを持たせた旅程にしたので、これらのスポットを訪問でき、思いのほか楽しい経験ができたことを記憶している。


その後、親戚や知人がこの地に増えて、2年に一度は訪問するようになり、かなり土地勘も出てきた。今回も、お気に入りのネルソン・アトキンズ美術館を訪れる機会があって、葛飾北斎の特別展示を見る機会に恵まれた。たまたま、チーフスの試合のある日にあたり、町のどこへ行っても赤いジャージーを着たファンのグループや家族が見られた。カフェやスポーツバーでは、大きなスクリーンで試合中継が流されている。街の雰囲気が何とも明るく、行き交う人々の表情が生き生きとしている。私のような外部からの訪問者に対して、どこでも対応がフレンドリーで心地良い。カフェには、地元のアートフェスティバル、コンサートの情報が溢れていて、ちょっとした会話をすると、地元のおすすめの商品(特にBBQソース!)や、イベントについて熱心に話してくれ、店員やウェイターから地元に対する愛着を感じる。親戚の家では、近所付き合いが盛んで、日常的なことでいつも助け合っている様子が印象的だった。3年前に、アップルTV の大ヒット番組、テッド・ラッソーの主役兼監督を勤めたジェイソン・スデイキスがカンザス・シティー出身であることでも話題になった。彼は、地元の教育に貢献するチャリティーイベントで、地元の劇場のの舞台に立つこともよくあるそうだ。地域に対する誇りと愛着、訪問者へのホスピタリティ、近所付き合い、コミュニティへの参加が日常的に人々の生活の中に根付いている。ヒューマン・コネクションが顕在していて、訪れる度にいい街だなと感じる。(*追記)参照

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アメリカ野球界で120年以上の歴史を持ち、ワールド・シリーズで9回優勝という素晴らしい実績を持つオークランド・アスレチックス(通称A’s)にとって、9月26日の対ドジャーズ戦は、チームのホームグラウンド、カリフォルニア州オークランドのコロシアム球場に於ける最後のホーム・ゲームとなった。昨年発表されたA’s のサクラメント移転(最終的にはラスベガスへの移転が決定している)は、地元でも野球関係者の間でも長い間噂されていたが、現実となり改めて波紋と落胆と諦めの感を生み出した。特に、地元の人々にとっては、コロシアム球場での野球観戦がコミュニティーに根ざしていて、地域の人々に一体感を与え、比較的安価な楽しみとして定着していただけに、落胆と悲しみは大きかった。2019年にはオークランドから、NBA のウォリアーズもサンフランシスコに移転している。ステフ・カリーをはじめとするバスケットボールのスーパースターを誇るウォリアーズが去った時にも、オークランド住民の落胆は大きかった。更に翌年2020年にはNFL のレイダーズもオークランドを去った。オークランドは、なぜ、スポーツチームを引き止められないのか?大きな理由の一つが、コロシアム球場の老朽化が進み、改築や改装、または、新しい球場の確保が急務であったにもかかわらず、資金上の問題で実現しなかったことがあるそうだ。対岸のシリコンバレーとサンフランシスコには、相当の富が存在しているのに、オークランドにその富を投入することができなかったのは、なぜだろう?シリコンバレーが至近距離にあるにもかかわらず、オークランドは所得水準が低く(サンフランシスコとの比較では、3割以上低い。)、犯罪率が格段高く、公立の学校のレベルもシリコンバレーサイドと比べると目立って低い。オークランドの中には、所々に、いわゆる「良い地区」もあって、友人が昔から住んでいるオークランド・ヒルズのあたりは、比較的安全で学校も良いが、全体的には、学校のレーティングでカリフォルニアの平均を下回っているところが多い。オークランドに住み始めて30年以上になる親しい友人は、「人種や民族やカルチャーが多様で、面白いカフェやギャラリーとかがあるのね。すごくヒューマンで、テクノロジーは感じない世界。それは、ここに住んでいて面白いところ。ウォーターフロントの再開発は、ちょっと、画一的でヒューマンタッチに欠けていて、面白味が無いわね。」と語っていた。

ダウンタウンを中心に進んでいる再開発とジェントリフィケーションに伴って、住宅の価格や家賃が高騰し、昔からのオークランドの住民が追い出されるケースも増えてきた。この「画一的な」再開発のあり方をみるにつけ、コミュニティに貢献することがミッションに入っているのか、それとも効率と短期的な経済性を重視した再開発なのか、疑問に思える面は多々ある。ジェントリフィケーションは、多くの場合、「再開発」という名の下に、そこに住んでいる人たちを地域から引き剥がして、ヒューマン・コネクションを奪ってしまう。最悪の場合には、ホームレスになってしまう人もあり、それがまた、メンタルヘルス問題の増加や、公衆衛生の悪化、犯罪の増加に繋がることもある。フレンドリーで、明るいコミュニティの存在を自然と感じられるカンザス・シティとは対照的に、オークランドを歩いていて感じるのは、不安、緊張感、何となく危ない感じ、ちょっとした恐怖感(特に夜)などで、用事を済ませたらさっさと去りたい気持ちになってしまう。コロシアム球場には、スポーツ観戦やコンサートで出かけたことが何回もあるが、相次ぐスポーツチームの退去で、今後は益々足が遠のいてしまうだろう。オークランドのウォーターフロント再開発の中心には、オークランドで執筆人生を送り、リアリズム文学の先駆け作家として数多くの小説を残したジャック・ロンドンの名前を冠したジャック・ロンドン・スクウェアがある。社会問題や労働者の権利に関心を寄せ、作品にも反映させていたジャック・ロンドンが、今のオークランドを体験したら、どう描写するだろうか?オークランドが誇る人種や民族やカルチャーの多様性が、やがてはこのコミュニティを活性化させ、「住みたい街」への変身を遂げるのだろうか?そして、コミュニティーの一体感を盛り上げていたスポーツチームが再び戻って行く日が来るのだろうか?そのためには、街全体として多くのハードルを越えなければならないのだろうが、私の友人のような、オークランドをホームタウンとしている人々、地域に愛着を感じている人々のためにも、そういう日が来ることを祈っている。

(*追記)カンザス・シティーについては、あたかも市の観光局の職員のように、良いところばかりを宣伝をしてしまったが、実は、この街も複雑な問題を抱えている。市全体として見ると犯罪発生率は結構高く、市内には「好ましくないエリア」があって、普通観光客や特に用事の無い人は行かない地区になっている。私たちが経験する心地よいカンザス・シティは概ね白人社会であるのに対し、好ましくないエリアは主に黒人社会という、アメリカの人種問題を具現化している例と言っても過言では無い。ある意味で、より多様性に富んだオークランドは、いろいろな人種が混じり合っているが故の苦労をし続けているのに対し、カンザス・シティは、昔からの人種の境界を今でも引いて対処していると言える。アメリカの苦悩を感じ、考えさせられることが多い毎日だ。

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