新しい価値を創り出す人財【6】
6. ロールプレイで学ぶリーダーシップ(2)
「あなたは、グローバルに事業展開をしている食品メーカーZ社のCEO です。あなたは南米のA国に於ける事業拡大を目的とした$500MMの投資案件について、経営チームと戦略及び実行案を協議検討して結論を出し、取締役会で提案して承認を得なければなりません。この投資案件については、A国の複雑な政治情勢や企業の倫理責任など様々な要因を考慮する必要があります。」そんな書き出しで始まるロールプレイのケース(シナリオ)は、アメリカのビジネス・スクールやロー・スクールでよく使われている。このようなケースは、状況設定や人物設定が工夫されていて現実味があり、細かいところまでよく吟味された優れた教材になっている。ビジネス・スクールで使われるケースの多くは、事業戦略及び、取締役会での承認に影響を与える下記のような項目を網羅して、巧みなストーリー仕立てになっている。
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国際情勢と投資対象国の置かれている立場
投資対象国及び自国内の政治情勢と国民の意識や意見
企業のミッション、ビジョン
企業の歴史や過去の経緯、カルチャー
企業の財務状況、経営状況、短期的見通し
企業にアベイラブルなリソース
競合他社の動向
企業の中長期戦略と優先順位
経営チームの考え方とチーム内の人間関係、利害関係
取締役各自のバックグラウンドと専門分野
取締役会のガバナンスのレベル
取締役間の人間関係、過去の経緯
取締役と経営チームとの人間関係
取締役各自の意思決定基準や考え方の傾向
シリーズ前回の「新しい価値を創り出す人財【5】」で言及したスタンフォードGSB のリーダーシップのクラスの締めくくりとして行われるロールプレイを軸にした審査イベントで、取締役を演じる我々同窓生にとっては、このようなストーリー仕立てのケースは、結構楽しめる内容になっている。与えられたケースをしっかりと読んで、各取締役としての立ち位置や役割、考え方、どのような判断基準を使うかなどを理解しておくことが、同窓生参加者に与えられる宿題。毎回ケースの内容がよくできていることには、本当に関心するが、更に毎年内容や構成が必ずと言って良い程改善されていることに益々感心する。毎年の参加者からのフィードバックや気づきに基づいて、レトロスペクティブがしっかりと行われていることが明らかだ。
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CEOやCTOなど、経営チームのメンバーを演じる学生にとっては、緊張感が先に立って、「楽しめる」とは言い難いかも知れないが、この一日掛りのイベントが終わった後の懇親会では、「ストレスは高かったが、とても良い経験になった。」という声が学生からよく聞かれる。イベントを終えて「ホッとした」学生から聞く本音の感想は、研修プログラムのデザインにも役立つので、毎年書き留めることにしているが、その内、代表的なものをいくつか下記に紹介する。
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シミュレーション的に、普段の自分とは違ったタイプのリーダーを演じてみることもできて、面白かった。こういうトライアルをしてみることで、自分に対する理解が深まり、自分のリーダーシップのあり方、何をどう変えるべきなのかを考えさせられた。
取締役会への提案を作るにあたり、チーム内の意見を取りまとめ、「これで行こう!」と納得の行く案にするプロセスは、かなり大変だった。時間の制約もあり、チームとしての意思決定に迫られて緊張した。最終的には、誰かが妥協することが必要になり、妥協しなければならなかったクラスメートは不満だったと思うが、協力的に提案の仕方の検討に貢献してくれた。良いチームワークだったと思う。
チームの意見が自分と違う方向に傾き始めた時には、やや諦めて譲歩しすぎた面もあったが、譲れない部分は、もっとしっかりと主張すべきだった。これは将来に向けての自分の反省。(取締役の考え方は、自分の案に近かった。)
自分は普段は比較的ハイリスク、ハイリターンを追求しがちだが、ロールプレイで、非常に慎重なリーダーの役割を演じてみることにより、組織の中で、慎重な人たちが、どのような理由で慎重なのか、どのリスクを緩和すれば、あるいは除去すれば、そのような慎重な人たちに納得してもらえるのかを考える良い機会になった。
ロールプレイで様々な人の立場を経験することで、自分のリーダーシップの発揮の仕方にレイヤーが増え、深みが増した気がする。組織を動員するには、自分と違うスタイルや考え方の人も巻き込むことが必要なので、この練習はとても価値があると思った。
取締役もそれぞれの価値観や意思決定基準を持った人間なので、その人たちをどう説得してコンセンサスに持って行くかを考えながら実践する練習は、貴重な体験だった。
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このように、学生から聞く感想は、総じてポジティブで、このロールプレイを取り入れたメソッドが、学生にとって様々な気づきの機会や、リーダーシップのあり方を考え、実際に試してみる機会になっていることが明らかだ。大企業であれ、スタートアップであれ、「信頼と共通のビジョンに基づいたチーム・メンバーとしてリーダーシップを発揮できる」ことが新しい価値を創造できる人財に必要な要素なので、イノベーション人財や新規事業開発人財育成研修に採用すべき優れたメソッドだと思う。それもあって、企業向けの新規事業開発研修では、研修生に、「あなたがこの事業の創始者、始めた会社の社長さんです。本気で自分の会社を育てることを考えてください。」という前提(意気込み)で、全ての検討を進めていただくようにしている。やはり、この「本気度と現実味」が研修を成功させる鍵だと信じている。(*追記)参照
(*追記)研修から少し時間は掛かっているが、「研修で検討した事業案とよく似た事業を子会社で展開することになり、そちらに異動して、実際にこの事業に取り組むことになりました。」「私のやりたかったことを、何とトップの後押しでスピンアウトのスタートアップにしました!」という声を聞くようになっている。日本の企業文化も次第に変わって来ていて、やる気のある若手リーダーに自分の追求したいことでチャレンジさせる例が増えてきている印象を受ける。研修が研修に終わらず、現実になるシナリオをトップの方たちが支援し始めていることは、とても嬉しい。