新しい価値を創り出す人財【1】

1. はじめに

過去30年に渡り事業戦略コンサルタントとして北米のスタートアップや日系企業の戦略策定や実行の支援をして来たが、振り返ってみると、その内容は実質的に殆どが人財開発研修やコーチングの活動領域に入る。その気づきに基づき、2017年には、「イノベーション人財研修プログラム」を正式に提供することを開始した。そのようなプログラムを企画実施するようになってから、早くも8年近くになる。コロナで全てオンラインだった時期も含め、この間に出会った研修生の皆さんとの対話の内容は、いつでも鮮明に覚えている。8年近くが経った今思うのは、「人財開発やコーチングは何よりもやり甲斐がある。ただしケース・バイ・ケース(パーソン・バイ・パーソン、企業・バイ・企業、部門・バイ・部門)での柔軟な対応が必要で、時間と労力が掛かる。研修生一人一人の特質や性格に合ったコーチングの仕方を工夫し、試行錯誤を重ねながら研修生との対話で進めて行くが故に、研修生との人間関係の深まり、信頼関係に繋がることが多く、この上なく楽しい経験になる。」ということである。研修という名の元に、こんなに多くの方達と真剣で密な時間を過ごせたおかげで、私自身の学びにも繋がったことには、心から感謝している。

特に近年、日系企業からは、イノベーション人財研修や新規事業開発研修への要望が増え、そのようなプログラムを実施しながら、「イノベーション人財=新しい価値を生み出せる人財」の開発は、どの企業にとっても最重要で、しかも難易度が高いことを痛感してきた。とにかく「人」が関わることなので、研修生の性格、態度、姿勢、感性、強み、弱み、過去の経験、将来に対する希望、仕事、家族、社会に対する価値観などが、複雑に絡まり合って、研修の効果そのものに影響してくる。そういう研修では、一人一人の研修生に対するパーソナライゼーションに加えて、その企業の特質や企業文化を配慮しながら企業戦略と整合性の高い成果を出して行かなければならない。ニーズを抱えている企業側でも、イノベーション人財に対して、実際にどういう資質やスキルを求めているか、イノベーション人財に求める人物像が、あまり明確で無い場合も多く、「尖った人財を発掘し、育てたい。」というような定義が漠然とした要望を伺うことも少なく無い。「新しい価値を生み出せる人財の人物像とは?」という問いは、私自身も研修を実施しながら繰り返してきた。この問いに、一つの指針を与えてくれたのは、「新しい価値の創造」に関する提言の第一人者、ピーター・ティールかも知れない。研修プログラムを提供し始めた頃、彼の提言がまとめられているZero to One を読んで、なるほどと思うことが多々あったのを記憶している。

ティール氏のZero to One がシリコンバレーのバイブルのようになってから、既に10年近くになる。この数年、AI の台頭でイノベーションの風景も様変わりした感もあるので、もう一度、復習も兼ねて、Zero to One をさっと読み返してみた。結論から言うと、ティール氏の10年前の提言内容は、今でもその価値を失うことなく、彼の洞察の鋭さとアドバイスの的確さには、改めて感服する。ティール氏の政治的スタンスについては、同意できない面が多々あることはさておき、同氏のビジネス・アキュメンと社会、経済に対する考察からは、今でも多くの学びがある。特に、Zero からOneを創造する、すなわち新しい価値を生み出すことの重要性と、それを達成するマインドセット、視点や取り組み姿勢についての同氏の示唆には頷けるポイントが今でも多い。これらのポイントの中でも、特に新規事業開発やそれを可能にする人財に当てはまる点を、復習の意味もこめて、私なりの解釈を加えてまとめておく。

  1. 0を1にすることは、無から有を生み出すということで、1から10へ、あるいは1から100へと拡大することよりも遥かに難しい。特に近年数々のスタートアップや大企業も新しい価値創造に全力をあげている環境の中では、無から有を生み出すことの難易度が益々高まっている。新しい価値を創造できる人財は、難易度の高い課題に挑戦することを厭わない。難易度の高いことに挑戦する意欲がある。

  2. 進歩は与えられるものでもなければ、自動的に起こるものでもない。自分たちが生きたいと思う世界のビジョンを描き、そのような世界を思い浮かべ、それを自ら実現(=新しい価値を創造)することで進歩が起こる。

  3. このような価値創造は、既存の製品に改良や改訂を加えてグローバル市場に持って行くというような水平的拡大とは次元が違い、多くの場合、テクノロジーのブレイクスルーが可能にする垂直的飛躍である。

  4. 新しいテクノロジーやアイデアはスタートアップから生まれることが多い。大きな組織は官僚的な無駄な調整に時間が掛かったり、組織内での利権の調整が阻害要因になったりして、新しいテクノロジーをいち早く生み出すことが難しい。大きな組織では無く、機敏な少人数の集団がミッションを共有するチームとしてイノベーションを生み出せる。チーム全員が共通のビジョンを共有し、それに向かって努力することが非常に重要である。また、チームメンバー間の信頼とオープンなコミュニケーションが成功の鍵となり、信頼関係が築かれているチームは、問題が発生した際にも迅速かつ効果的に対処できる。更に、チーム全員がリーダーシップを発揮できることが大切。特にスタートアップの初期においては、各メンバーが多岐にわたる役割を担う必要があるため。

  5. 世の中では将来を懸念し、悲観的に考えて守りに入っている傾向が見られるが、リスクを取ることに戻らなければならない。リスクを取らなければ、ブレイクスルーは無いし、新しい機会創出や発見はない。リスクは無鉄砲なリスクではなく、きちんとした計算を土台とし、リスク分散も十分考慮しながら取れることが大切。

  6. 世の中には課題が山積しているが、漠然とした悲観主義者になって将来は暗いと思うのでは無く、具体的な計画を持った未来をイメージし、クリアな計画を持ったオプティミストになることで、将来に対して主体性を持つことができるようになる。

ティール氏は、スタートアップこそが新しい価値を生み出せると信じ、大企業によるイノベーションには限界があるという立場をとっているが、私は、大企業が起こすイノベーションや新しい価値創造の過去の実例を踏まえて、将来的にも大企業が大きく貢献することに期待しており、ティール氏の助言は、大企業の新規事業開発に適用できるし、参考にすべきと考えている。それにしても、1)難易度の高いことに挑戦する意欲があり、2)将来ありたい姿を描いてビジョンとして持ち、3)テクノロジーのブレイクスルーを実現でき、4)信頼と共通のビジョンに基づいたチーム・メンバーとしてリーダーシップを発揮でき、5)リスク分散や、計算されたリスクについて理解しながら、リスクを取ることができ、6)具体的な計画を立てられるオプティミストというような人財や人財予備軍を、どのように発掘し、育てて行くのか。人財開発に関わる私にとって、最も大切な点については、ティール氏は具体的には語っていない。自分自身が、超スーパースターであるだけに、彼を取り巻く環境には、そういう人財がセルフ・セレクションで自然に集まってきて、その中からチャンピオン中のチャンピオンを選べる立場にいるのだろう。

ティール氏の提唱するZero からOne を作り出せる人物像を参考にして、人財開発プログラムを実施し、試行錯誤を重ねながらおよそ8年が経って、効果のあるプログラムのアプローチ、コンテンツ、そのフィロソフィーなどが、私なりにかなり見えてきている。また、ティール氏の「教え」に加えて、シリコンバレーで出会う起業家、投資家、ビジネスパーソン、ソーシャルアントレプレナーなどとの交流を通じて、考えること、新しく気づくことは、直接的、間接的に研修プログラムに活かせることが多い。更に、アメリカでの子育てと教育に関する調査を通じて実際に体験、観察したいわゆるプログレッシブ・エデュケーションのアプローチも、研修プログラムの土台になっている。今回から数回に分けて、過去8年の人財開発プログラム開発者(兼コーチ)としての試行錯誤と発見や気づきについて振り返ってみたいと思う。(つづく)

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