新しい価値を創り出す人財【8】

8. リーダーシップ・フィットネス(2)

Harvard Business Publishing で、企業戦略や人財開発に関する多くの記事を執筆しているDiane Belcher が、ビジネスのリーダーにとって近年益々重要になっていると説くリーダーシップ・フィットネスについて、前回ご紹介した。今回は、リーダーシップ・フィットネスの4つの要素とされている1)Balance), 2) Strength, 3) Flexibility, 4)Endurance を強化するための学習サイクルについて、Diane Belcher の説を説明する。また、この学習サイクルを、研修プログラムに取り入れて、実現して行く上でのポイントを、これまでの研修実施経験に基づいて説明する。

まず、前提として、Diane Belcher は、これらの能力はじっくりと忍耐強く時間をかけることで強化できるとしている。すなわち、これらの能力は天性として、与えられる素質だけでなく、系統だった学習サイクルをトレーニングに採用したり、事業への取り組みの中で実際に応用して行くことで、習得が可能だとしている。また、これらの能力強化トレーニングは、個人、組織、両方のレベルで実施して行くことが重要で、それにより、企業全体でのリーダーシップ・フィットネスが向上し、激変する事業環境に素早く対応し、更に先手をとって事業の成長を達成できるような組織にすることが可能だとしている。そして、最も大切なポイントは、この学習サイクルは、一度経験したら終わりというものでは無く、継続的に長期間に渡って何度も経験すべきという点だろう。

Diane Belcher が特筆するもう一つの重要なポイントは、リーダーシップ・フィットネスを強化するためのトレーニングは、従来のスキル習得のアプローチとは異なる方法が効果的だとしている点である。従来のスキル習得研修は、知識の伝授が中心で、知識伝授の講義、知識習得のためのエクササイズ、宿題提出、またはテストという流れになる。それに対して、フィットネス強化の研修は、研修生のイニシアチブを重視し、積極的な参加を必須として、知識の伝授の部分は、予習や簡単な講義で済ませる。実際のトレーニング・セッションは、ワークショップ形式、ディスカッション方式、ロールプレイ方式、現実または現実に近い事業課題を扱うケース・スタディ方式の組み合わせで行われる。

  • リーダーシップ・フィットネス強化トレーニングの学習サイクル by Diane Belcher

Diane Belcher が説く学習サイクルは、下記の3つのステップからなる。尚、彼女のHarvard Business Review の記事上、この部分の叙述は抽象的でややイメージが沸きにくい面があるので、筆者の解釈を加え、具体例を使って解説する。

出典:Leadership Fitness, Harvard Business Publishing, 2024


ステップ1)Challenge Thinking - 既存の思考パターンや運営パラダイムに対する挑戦
:リーダーにとっては、当たり前として受け入れている前提や状況、バイアス、思考や行動のパターンを「外から」客観的に見て、検証することが重要である。そのような既存のパラダイムが事業を助けている面とマイナスに働いている面を直視し、マイナスに働いているものからは脱却することを戦略や行動の選択肢に含めるべきである。


A社の例:A社では、数年前に米国での現地生産を含めた事業展開で大きなミスが起こり、その結果、米国からほぼ撤退することとなった。その影響で、米国進出の新規案件検討は、タブーとなってしまい、社員の間でも、「うちは米国での現地生産や、現地企業への出資はしないらしい。」という理解が定着している。そのような思考パターンと既存の運営パラダイムを見直し、米国進出のリスクとチャンスを的確に分析し直すことは、このステップの具体的な例。

このステップで使われるのは、コーチング、イマージョン方式のロールプレイ、フィードバックなどのメソッドやツールである。ワークショップ形式の研修セッションで、ディスカッションやブレーンストーミングを行ったり、社外からのスピーカーを招聘して、新しいパラダイムに対する認識を深めたりすることも有効。

ステップ2)Develop Strategies - 新しい戦略の開発:ステップ1)に於いて、従来の思考パターンや運営パラダイムに挑戦することで得られた新しい洞察を使用して、リーダーに成長のための新しい戦略開発を促すステップ。このステップには、体系的な学習に加えて、非公式な学習、同僚との学習、同僚からの学習、自己学習作業が含まれる。リーダーシップ研修では、グループ単位で、ビジョン策定、戦略策定などの作業を実施し、何回か発表の機会を与えて、同僚、他のグループ、コーチからフィードバックを得るようにする。


A社の例:ステップ1)を通じて、市場規模では数倍の米国市場に対する本格的取り組みが必要ということが明らかになった。A社の国内市場は殆ど成長が無く、アジア諸国への進出も大きな成長の要因にはなっていない。近年中国との関係が微妙になったことを受けて、中国での事業拡大には、様々な問題が見え始めている。更に、トランプ新政権の元、米国現地企業への投資、現地生産を基本とした米国市場戦略は、不可避という状況も生まれている。そこで、A社のリーダーのグループは、対米投資を基軸にした新しい戦略の開発をする方向をとることになった。

ステップ3)Test Approaches - 新しいアプローチの現実的な事業シナリオに於ける試行:このステップでは、リーダーは現実の事業のシナリオにおいて、新しい行動やアプローチを試すこと、その結果を振り返ることを促される。新しい思考、行動、アプローチを採用してみた結果を振り返ることにより、マインドセットの変化をより深く認識することができる。リーダーシップ研修では、中間報告や最終成果の発表を行い、その都度自分で振り返ること、コーチと共に振り返ること、また同僚や上司と振り返ることを奨励される。このステップを踏むことによって、どのようにマインドセットが変わったかを確認することができる。

A社の例:ステップ2)の新しい戦略開発の段階にあるため、まだ振り返ることができる結果が出ていないが、既にリーダー達は以前より自由な発想ができる開放感に近いものを感じており、マインドセットが明らかに変わりつつあることを体感している。

  • Diane Belcher の学習サイクルをリーダーシップ・フィットネス研修に効果的に取り入れるには?

上記のステップは、通常の新規事業開発プロセスのステップとほぼ同じだと感じられた方も多いと思う。ステップのコンテンツ自体は、あまり珍しくない内容だが、リーダーシップ・フィットネス強化を目的とした研修に取り入れる場合には、下記のフィーチャーを加えることが重要になる。それによって、Balance, Strength, Flexibility, Endurance に加えて、Agility, Creativity, Opennessなどのトレーニングにもなり、リーダーとしての総合的なフィットネス強化の助けになる。

1)Speed:3つのステップをなるべく早く進める。3ヶ月単位程度で1〜3のステップをこなす。

2)Volume:ステップ2)に於ける戦略の選択肢を数多く考案することを促し、様々な状況に対応できる選択肢を準備することを奨励する。

3)Collaboration and Competition: チーム制での研修とし、チーム間のコラボとコンペティションを両方取り入れる。

4)High Goal Setting: 戦略開発に於いて、達成するゴールを、なるべく高いところに設定させる。

5)Creativity: 既存の枠を超えた (thinking out of the box)、 画期的でクリエイティブな戦略の考案を促す。

6)Agility:コーチから頻繁に多くの質問を投げかけ、フィードバックを与えて、アジャイルな対応を促す。日々刻々と起こる新しい出来事のニュースを投げかけたり、現実に存在する様々な複雑な要因を加えて、戦略開発のハードルを高くする。

7)Flexibility and Openness:社内外の事業環境変化、競合の動きなど様々な状況変化に合わせて、ピボットをすることを奨励する。

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