[連載中] 新しい価値を創り出す人財【9】
9. コーチの姿勢と心構え(1)
新規事業開発の研修は、その出発点である「自分が、本気で解決したい課題」を見つけることから始め、その課題を解決するソリューションを考案、事業化案にし、事業をグローバルにスケールして行く戦略や方法を考えるプロセスを踏み、資金計画、行動計画を含む事業計画案を作り上げることを最終成果にしている。その過程で、研修生が主体的に、調査や検討を進め、事業案を構築して行く傍で、研修のコーチは、研修生に様々な関連業界情報、テクノロジー動向の情報、類似製品やサービスに関する情報、海外市場に関する情報などを与えたり、研修生が使ったことが無いツール、新しい概念やフレームワークを紹介しながら、研修生のポテンシャルをフルに引き出して行く努力をする。研修生の学びと成長を促進し、新しい気づきを奨励し、新しい視点を紹介し、パラダイムシフトやマインドセットのシフトを奨励する。創造的に新しい価値を作り出すには、特にマインドセットのシフトがかなり重要であることは、企業の方達もよく承知されていて、この部分を特に重視するようリクエストされることも少なくない。
企業の戦略コンサルティングを主な業務としながら、新規事業開発の人財開発研修を並行して行うようになった経緯については、このシリーズの初めにお話ししたが(シリーズ【1】、シリーズ【2】)、そのアプローチの特徴の一つは、研修生の主体性を重視したワークショップ形式である。プログラムを正式に立ち上げた2017年当時、日本ではワークショップ形式が今ほど採用されていず、知識提供を主目的とする講義形式の研修が主流だった。ワークショップ形式という説明をして、企業の方にすぐに理解していただけることは、あまり無く、「私は、知識を与える講師では無く、研修生のポテンシャルを見出し、成長をベストの形で促すコーチです。」という説明も試みたが、それだけでは不十分で、その意義やアプローチを理解していただくことは難しかったので、スポーツを例えにして説明をすることにした。すなわち、研修生がスポーツでいう選手であって、私は、選手の成長を育むコーチという説明である。コーチは、選手の特性、パーソナリティ、傾向、モーチベーションの要因、様々なトリガーなどを意識しながら、彼ら、彼女らにとって最も効果的と思われる研修のアプローチを採用して行く。そのプロセスでは、ビジネスの研修とは言え、極めてパーソナルな領域に入って行くことがある。時には、研修生のキャリア・アドバイス的な助言になることもある。「本気で取り組みたい課題」を考え始め、マインドセットのシフトが起こり始めると、「自分は、今の職種から脱皮した方が良いかもしれない。」と思ったり、「今まで考えて見なかった分野に興味がある。」と感じたり、「この事業計画を実際に進めることができる部署はどこだろう?」と考え始める人が出てくるのは、自然の成り行きとも言える。コーチとしては、その影響が大きいだけに、研修生の将来に想いをこめて、長期的に研修での学びがプラスになるよう心掛けて取り組むことにしている。研修生に「本気で取り組む。」ことを要求する立場のコーチは、研修生を上回る本気度で研修に取り組むべきと信じている。
コーチという位置付けで研修を実施するにあたって、今でも時々思い出し、振り返ってみるのが、シリコンバレーの伝説的コーチ、ビル・キャンベルのコーチング人生を多くの人の証言を交えて綴ったTrillion Dollar Coach である。フットボールのコーチからビジネスに移り、Apple, Intuit, Google の成功と成長に大きな貢献をしたビル・キャンベルは、スティーブ・ジョブズのメンターでもあった。徹底した「人」中心主義で、自分が脚光を浴びることは好まず(むしろ避けて)、他の人(教え子、メンティー)の成長、チームの成功を何より喜ぶ、徹底したコーチだった。当時Google のトップで、ビル・キャンベルのアドバイスを実際に受けたEric Schmidt とJonathan Rosenberg の共著で、2019年のベストセラーになったが、今でもその中身は頷けることばかりで、ビジネス界、スポーツ界は勿論のこと、人を育てる立場にある人々に愛読されている。AI との付き合い方が世の中の注目の話題になっている中、ビル・キャンベルの「人」中心のフィロソフィーは、逆により新鮮に感じる面がある。ここに、簡単ではあるが、ビル・キャンベルのコーチングに臨む姿勢や心構えで印象深い点をまとめておく。
信頼関係の構築:キャンベルは、人(部下、メンティー、ステークホルダー、上司、チームメート、顧客)との深い信頼関係を築くことを重視した。これにより、率直かつ建設的なフィードバックが可能になり、弱点や改善点に正面から向き合うことができた。
チームワークの重要性:キャンベルは、個人の功績よりもチームの力を重視した。組織全体の成功には優れたチームワークが不可欠だと考え、リーダーにチームの協調性向上を促し、チームとしての成功を重視するよう助言した。
フィードバックと成長:キャンベルは、継続的なフィードバックを通じて個人の学びと成長を促進した。チームが自ら問題解決能力を磨くことを支援し、自己成長を促した。
オペレーショナル・エクセレンス:ビジネスの成功には、オペレーショナル・エクセレンスが重要であると強調した。高い目標や基準を設定し、チームがそれを達成できるよう勇気づけた。
コーチャブルな姿勢の重視:キャンベルは、フィードバックを受け入れる謙虚さや自己改善への意欲を重視した。これにより、チームが成長しやすい環境が整った。
エンパシーとリーダーシップ:キャンベルは、リーダーがチームメンバーの個人的な課題を理解し、共感することが重要だと考えた。これにより、チーム全体にお互いを支援するカルチャーが生まれ、パフォーマンスの向上に繋がった。
コミュニケーションの重要性:キャンベルは、1on1ミーティングやスタッフミーティングを通じて、効果的なコミュニケーションを促した。これにより、全員が共有認識を持つことができ、意思決定が円滑に行われた。
ストーリーテリングの力:キャンベルは、ストーリーテリングを通じて、情報を伝えることの効果を重視した。ストーリーテリングは、人々の共感を誘い、情報が単なる事実としてでは無く、コンテキストの中で理解されるため。