新しい価値を創り出す人財【4】

4. Start with Why - そして失敗から学ぶ

前回述べたように、研修生の最初の課題は、「自分が本気で解決したいと思う社会課題を見つけること」にしている。これを宿題とすると、この時点で研修生の興味や熱意のレベル、研修に対する本気度がかなり明らかに分かる。「最低3つの課題候補」を見つけるのにも苦労する研修生がいる一方、世の中を見渡して、「これも解決したい、あれも解決したい」と課題解決意欲に火がつき、20もの案を見つけてくる人もいる。また、数は多くなくとも、自分や身近な人の体験に基づいた課題を、深く掘り下げて案としてくる人もいる。自社内の作業効率の向上やコスト削減など実務的なことに特化してくる人、自分の仕事とは殆ど関係ないが、故郷の街の再生を願って課題として持ってくる人、日本社会全体の大きな問題から、身近な課題に下ろしてくる人など、課題の見つけ方も、視点も、スコープも様々である。この課題選択のプロセスでの研修生との対話自体がかなり面白い。何回か研修を繰り返して確信したのは、この課題発見と選択の段階は非常に重要で、ここで十分研修生と対話を重ね、納得が行くまで、「なぜこの課題に取り組むのか」というディスカッションをすることが、行く行くプロジェクトがどう進行するかを左右すると言っても過言では無い。

研修生との「なぜこの課題に取り組むのか?」というディスカッションは、Simon Sinek が2009年に著したStart with WHY のアプローチにも基づいている。Sinek 氏は、”Start with WHY was written for anyone looking for a deeper sense of purpose in their work. Whether you are marketing, retail, anything between, or anything beyond, we all have a WHY that gives our lives meaning and fulfillment.” 「自分の仕事により深いパーパスを見つけたいと思っている人のために」書かれたというこの本。また「我々誰もが、自分の『なぜ?』を持っていて、それが生き甲斐や充実感を与えてくれること」がこの本を書いた理由の一つになっているとのこと。研修生にとっても、「なぜ?」から始めることによって、(1)課題解決に取り組む意義そのものが明らかになり、(2)課題解決へのコミットメントが高くなり、(3)課題に取り組んだことの満足度が上がり、(4)課題解決のプロセスでの学びや成長がより大きくなることを実感して来た。

Simon Sinek は A Bit of Optimism ー An inspiring podcast with Simon Sinek というポッドキャストのホストでもある。つい最近のエピソードには、Google のイノベーション・ラボとしてGoogle Brain (*1) Verily (*2) などを生み出した、 Google X の Co-Founder で、「ムーンショットのキャプテン」と呼ばれる Dr. Astro Teller との対話があった。特に大企業でイノベーションを推進する立場にある方達にとっては、示唆に富んだ対話の内容だと思う。”Fail fast, and as many times as possible.” というイノベーションに対するマインドセットとアプローチは、「予算も限られ、社内承認の手続きにも時間が掛かる大企業ではとても難しい。」という声や「日本の企業には合わない。」という意見がしばしば聞かれるが、Dr. Astro Teller は敢えて、数多くのアイデアを比較的低コスト、早いテンポで試してみることの価値を信じている。「殆どのアイデアは上手くいかないことを前提として」クレイジーとも言える多くのアイデアをどんどん試し、検証して行く過程に、様々な発見がある。そのような発見に価値を見出し、アイデア創出、検証と失敗のプロセスをしっかり蓄積して行くことで、失敗からの学びがある。失敗からの学びの重要性を信じ、「成功している時には、あまり学びが無い。」とまで言うAstro Teller の言葉は刺激的だ。大企業に於けるイノベーションには、こういうカルチャーを信じて自ら体現し、組織に浸透させ、組織の行動規範としてチームを引っ張って行けるリーダーが必要なのだろうと感じた。

(*1) Google Brain はGoogle X から生まれたディープ・ラーニング、AI リサーチ・チーム。後にGoogle AI の傘下に入った。2023年には、Google 傘下のDeepMind と統合され、Google DeepMind として運営されている。

(*2) Verily は、Google X のムーンショット・プロジェクトとして2015年に生まれた。現在は、Google の親会社Alphabet のライフ・サイエンス研究機関として活動している。

Dr. Astro Teller は、更に ”having fun” が大切だと語る。失敗は辛いし、ストレスは勿論あるが、根本的に「Google X では、チーム・メンバーが ”having fun” 楽しんでいる。」らしい。ポッドキャストのこの部分を聞いて、研修のコーチとして、ピンとくることがあった。過去の経験から、研修中の数ヶ月に頭角を表してくる人は、共通して「楽しんでいる。」雰囲気がある。また、実務と並行して進めているので、忙しいにも関わらず、宿題で与えられた以上のことをしてくる傾向がある。研修で進めているプロジェクトの内容を奥さんに話して意見を聞いたり、子供に話をしてプレゼンの練習のオーディエンスになってもらったり、社外の人のインタビューを積極的に進めたり、かなり「とんでも無い」アイデアを出して来たりする研修生は、本気度も”having fun” の度合いも高い。こういう人たちは、プロジェクトが途中で行き詰まっても、ネガティブなフィードバックが出てきても、オープンにどんどん学び、新しいアイデアを取り入れて、ピボットして行く。その過程で、「あー、また変更ですね〜。」とか言いながら、変更作業は大変なのに、楽しんで進めている雰囲気がある。Dr. Astro Teller の話では、Google X のチームメンバーも、どうもそういう雰囲気らしい。このシリーズの1回目で述べたイノベーション人財が持つ6要素に加えて、「失敗にへこたれず、そこからの学びのプロセスを楽しめる人」も、重要なポイントとして加えておきたい。(つづく)

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