新しい価値を創り出す人財【5】

5. ロールプレイで学ぶリーダーシップ(1)

このシリーズ第1回目に、新しい価値を生み出せる人財の要素の一つとして、「信頼と共通のビジョンに基づいたチーム・メンバーとしてリーダーシップを発揮できる」ことを揚げた。新規事業開発チームや、スタートアップのような新しい価値を生み出すための少数気鋭集団に於けるリーダーシップとは何なのか?リーダーシップの権威で、What Leaders Really Do の著者でもあるハーバード・ビジネス・スクールのジョン・コター教授の本やエッセイを読むと、そこにヒントは見つかる。彼曰く、「ポジティブな変革をもたらすことができ、その変革を導くビジョンを作ることができ、人々に障害を乗り越えてそのビジョンを実現する力を与え(motivate, empower)、その変革を前進させるためのエネルギーとモーメンタムを統合できること」がリーダーシップなのだそうだ。さすが、世界的権威のコター教授の定義は、大企業に於けるリーダーシップにも、スタートアップに於けるリーダーシップにも当てはまりそうだ。


この素晴らしい定義に納得し、頭でしっかり理解できても、実践に移すことは、簡単では無い。コンセプトの理解や知識の習得は、スポーツのルールを理解してマスターするようなもので、ルールをマスターしたからといって、試合に出て勝てるとは限らないのと同じだ。スポーツチームで勝つためには、ゲームのルールや戦術を理解するのに加えて、とにかく、個人レベル、チームレベルでの練習が大事なのは当たり前。強力な新規事業開発チームや、大きな成功を手中にするスタートアップは、厳しい練習を重ね、予選トーナメントを勝ち抜いて、決勝トーナメントまで進んで行くスポーツチームとよく似ていると思う。しっかりとしたコーチの元で日々トレーニングを重ねることが、欠かせないのはビジネスでもスポーツでも同じだろう。実務を兼ねたOJT がそのトレーニングの役割を果たし、上司がコーチとして機能している場合は、それに越したことは無いのだが、実務上の様々な制約があって、トレーニングの要素、人財育成の要素が薄れてしまうケースも多いので、正式に別立てのトレーニングを実施する価値は十分あると信じている。


新しい価値を創造する人財のリーダーシップ・トレーニングは、スポーツと同じように、(1)基礎的な体力や筋力を鍛える部分、(2)スキル・トレーニングの部分(3)ゲームの進め方、チームのリードの仕方など、応用力、実践力を鍛える部分の3部構成で考えると良い。この内、(1)については、近年リーダーシップ・フィットネスという考え方が出てきており、将来のニュースレターで紹介することを予定している。(2)については、様々な学校、方法、ツール、プラットフォームが普及しているが、生成AI が加わって、かなり急激な変化が起こっているので、時期を見て将来のニュースレターで紹介する。今回は、まだかなりヒューマンタッチのトレーニングが行われている(3)について、私が実際にスタンフォード・ビジネス・スクールのリーダーシップ・クラスの審査員として経験したこと、考えたことを共有したい。


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毎年12月にスタンフォード・ビジネス・スクール(GSB = Graduate School of Business) の1年生全員が参加するExecutive Challenge の審査員を務めるようになってから、9年近くになる。GSB の卒業生として、同窓会のボードメンバーを含め、様々な活動をして来たが、Executive Challenge の審査員は、現役の学生との交流ができて格別楽しい上に、若者の意欲とタレントに触れて頭と心が刺激され、自分にとっての学びの機会になっている。12月の忙しい時期ではあるが、参加する価値が大きいので、毎年このチャンスは逃さない。このイベントは、1年生の必修科目であるリーダーシップのクラスの期末に行われる総合的なまとめの位置付けなので、1年生全員、かなり緊張して臨む一日がかりの真剣勝負だ。学生はグループに分かれて、朝一番に与えられたビジネス・ケースを読み、ケースに詳しく説明されているビジネスに関する分析をして、取締役会での提案内容を考える。ロールプレイの方法が使われ、1年生の各グループからケースに登場する人物(CEO, CTO, CFO など)が選ばれ、それぞれの役割を「演じる」ことになる。取締役会のメンバーは、私たち同窓生の審査員がロールプレイで分担する。取締役としてのそれぞれの人物を「演じる」私たち審査員も、前もってケースを読み、ボードメンバー間のダイナミックスや、企業の現状、これまでの経緯、競合環境、社会環境、直面する課題など、かなり詳しく理解しておくことを宿題として課される。


このイベントの審査員を始めた当初、オリエンテーションで、リーダーシップに関する考え方を説明されて、なるほどと思ったことがある。ちなみに、このようなリーダーシップのクラスは、私が学生だった頃には存在していなかったので、そのコンテンツ、アプローチ、ミッションなど、全て新鮮だった。プログラムの責任者は、以下の3点をリーダーシップ・トレーニングのフィロソフィーとしていると説明してくれた。私たち審査員の同窓生にも、この点を十分理解して欲しいと語っていた。


(1)「スティーブ・ジョブスやジェフ・ベゾスのような偉大なリーダーになりたい。」という憧れの気持ちを優先するのではなく、自分を信じ、自分なりのリーダーシップのあり方を考え、自分としてベストのリーダーになることを目指すこと。

(2)どのように人をリードするか(動かすか)を考えるのでは無く、「なぜ人は自分についてくるか、ついて来たいと思うか」を考えること。

(3)リーダーシップの学びには、ここまで到達すれば良いという固定的な終わりは無い。常に社会の変化、企業環境の変化、人々の価値観の変化やテクノロジーの進化に対応しながら、また時代の先取りをするために、学び続けるものである。


3点とも、憧れや模倣に頼るのでは無く、「自分に対する理解を深め、自分を信じ、自分らしい成長と自己のベストを目指すこと」を促すことを重視していて、学びに終わりは無いとしている点が興味深い。数年後の今でも、このフィロソフィーは、継承されていて、新鮮さを失っていない。そういえば、2023年WBCの対アメリカ代表チーム決勝戦の前に、大谷翔平選手が、チームの円陣で「憧れるのはやめましょう。憧れてしまうと越えられないから。」という主旨の発言し、「自分たちとしてのベスト」を追求することを促した。優れたリーダーシップのあり方を、こんなに若い、世界のShohei から改めて教えられて、感激したことを覚えている。「Shohei の言うように、常に自分のベストを目指して頑張ろう!」という気持ちになってしまうから、彼は凄い!


さて、今回は、この真剣勝負のイベントでロールプレイが使われる主な理由、ロールプレイが効果的な理由を下に列記しておく。次回のエッセイでは、その内何点かについて、できるだけ実例を取り入れながら説明したい。

(1)知識を現実に近い状況設定の中で、シミュレーション的に応用することができる。

(2)安全な環境の中で、様々なアプローチを試してみることができ、失敗のリスクを恐れなくて良い。

(3)ケースを通じて難しい経営状況を臨場感を持って体験することで、将来似た状況に出会った時の自信に繋がる。

(4)現実に近い形でコミュニケーション・スキルの練習ができる。

(5)様々な役割をロールプレイで体験することから、他の人の立場を理解できる(empathy を持てる)ようになる。

(6)ケースで与えられた状況の中で、意思決定の練習ができる。

(7)ロールプレイに参加する他のチームメンバーや、コーチからその場でフィードバックを得ることができる。

(8)普段実務で扱わないような課題も含めて、広い範囲の課題解決の練習ができる。

(9)自分に対する理解(self-awareness) が深まる。

(10) 振り返り(reflection) をするチャンスがある。

(11) チームのメンバー間の理解が深まり、チーム・ビルディング、チームワークの強化に繋がる。

(つづく)

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